製薬企業が危ない! 米国訴訟のeディスカバリー
eDiscovery(eディスカバリー)とはどんな制度?
「証拠開示手続き」と訳されるDiscovery(ディスカバリー)は、米国民事訴訟の手続きです。独占禁止法や製造物責任法に関わる訴訟、特許権侵害訴訟などで要求されることが多く、グローバルにビジネスを展開する日本の製薬、ライフサイエンス企業にも大きく関係します。
この手続きでは、一方の当事者は相手方に対して、裁判で証拠となりうる非常に広範囲の情報や資料、証言の開示・提供を求めることができます。相手方はこれを拒絶できず、短期間に膨大な情報を漏れなく収集し、しかも、変更や消去しないまま開示・提供しなければなりません。違反すると、罰金など厳しい制裁が科されるばかりか、その後の公判でも不利を受けかねません。
2006年に社会のIT化・ネット化に対応すべく、米国連邦民事訴訟規則が改正され、「eディスカバリー」という電子データのディスカバリーが定められました。これにより、eメールを始めとする様々な電子データが対象に含まれ、提出の際のファイル形式なども指定された結果、作業負担とコストは増加しました。
- ●米国の民事訴訟のおおまかなフロー
日本本社やデータセンターにある情報も対象に
eディスカバリーの範囲は、eメールの他、Wordなどの文書ファイル、シンプルテキストファイルやインスタントメッセージのチャット、プレゼン資料、スプレッドシート、CAD、画像データ、バックアップデータ、各役職員のPCや外部記録媒体に保存された情報など、非常に多岐に及びます。また、日本本社のサーバーや第三者が運営するデータセンターに格納された情報も対象となります。
もっとも、 eディスカバリーの範囲にも一定の限定はあります。連邦裁判所では、各当事者の請求または抗弁に関連する全ての事柄(不開示特権などの対象物を除く)が範囲となります。たとえば、特許権侵害訴訟において、日本の某製薬企業は、相手方から約20年分もの情報の開示を要求され、裁判所はこの要求を認めました。
なぜこんな面倒な手続きがあるのかーーー。それは、eディスカバリーによって「当事者間における武器対等」が担保されるほか、争点の整理・明確化や証拠保全も実現されるからです。
訴訟の行方を左右する重要手続き。違反には制裁も
ディスカバリーは、公判と並んで米国の民事訴訟における最重要の手続きです。なぜなら、ディスカバリーを終えた段階でほぼ全ての証拠が揃うため、その時点でかなりの確度で訴訟の行方を予想できるからです。
重要な手続きであるため、違反した場合、厳しい制裁が科せられます。eディスカバリーに違反した場合も同様です。
違反の例としては、文書の保全義務が生じた後に証拠となるeメールを削除してしまうことや、自社の情報システム内に分散する情報を把握しきれないまま、やむをえず「これで全部です」と一部のデータのみを提出してしまうことなどが挙げられます。
日本企業関連では、特許侵害訴訟において、某電機メーカーの米国法人が、関連する情報を故意に隠したなどとして、裁判所から弁論時間を大幅に削減されました。また、製造物責任訴訟において、某製薬企業は、eディスカバリーで要求された情報が破棄されていたことから証拠隠滅を疑われ、巨額の賠償金を請求されました。
eディスカバリーは日本の製薬企業に不利。コストも莫大
eディスカバリーは、製薬企業その他日本企業にとって不利な手続きであると指摘されます。主な理由は次の通りです。
- ●日本企業にとって不利な材料
米国の民事訴訟では、膨大な量・範囲の情報のディスカバリーを要求して相手方に過大な負荷をかけ、有利な条件で和解するというのが、戦術の一つとなっています。「eディスカバリーに要する莫大なコストと、その後の訴訟の結果の不確実さを考えれば、和解した方が賢明だ」などと相手方に思わせるわけです。日本企業には上の表のような不利な材料があるため、そうした戦術に対してより防御力が弱い傾向にあるといえます。
実際、eディスカバリーに要する費用は莫大で、「中規模の訴訟で約350万ドルかかる」という試算があります*。また、特許権侵害訴訟の場合、eディスカバリーに要する費用は訴訟費用全体の6割を占め、日本企業の場合にはこれに別途翻訳コストがかかるため、約7割にもなるとの見解もあります。
*Institute for the Advancement of the American Legal System, Electroni Discovery:A View from the Front Lines(2008)
デジタルフォレンジックなどソリューションの導入が増加
大規模の訴訟では、eディスカバリーの際に、数百テラバイトものデータの中から証拠となりうるデータや相手方から要求されたデータを探さなくてはなりません。このため、製薬企業など米国でビジネスを展開する日本企業は、日頃から自社の電子情報管理を適切に行い、万一の訴訟に備える必要があります。しかし、一般的なeメール検索・監査システムだけでは、eディスカバリーの対象となる各種データを把握し切れません。
最近注目されているのが、米国訴訟対応ノウハウのベストプラクティスを反映したeディスカバリー用ソリューションです。デジタルフォレンジック/コンピュータフォレンジックを始めとするリーガルテクノロジーツールを導入すれば、収集した膨大なデータに対して横断的に、かつ、的確にキーワード検索が行え、時間と労力、コストを大幅に削減できます。
eディスカバリーの作業に要する費用(弁護士費用、 eディスカバリー支援業者への業務委託料、社内コストなど)の圧縮、制裁金の回避、さらには、敗訴した場合における何億・何十億ドルという損害賠償金のことを考えれば、ソリューションの導入費用は「賢い先行投資」と言えるかもしれません。